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ポルトガル便り・1便  ポルトガル便り はじめに

   2001年の7月に、征二は駐在先のバンコックで仕事を終わり、リタイアの生活に入りました。区切りをつける為に“退職記念旅行”をしようと話し合い、選んだのがポルトガルです。 私達は1973年から3年ほど、仕事の関係でブラジルのリオデジャネイロに家族5人で住んでいた事があります。まだ若かった事と子育ての最中でもあり、楽しい思い出で一杯です。“ブラジルの宗主国だったポルトガルって、どんな国だろうか。”“二人でヨーロッパへ行けるなんて夢のようね。”という事で、ポルトガル行きの旅行が決まりました。幸い知人の紹介で、リスボン市内に住む老婦人のアパートの一室を借りて、ロングステイ20日間が実現です。 初めて見たリスボンの街は古びたビルと舗装の痛んだ道路ばかりが目につく、古色蒼然とした街並みでした。しかし2週間ほど暮らしている間にすっかり気に入ってしまい、“暫らく此処に住もう”と決めアパート探しをするほど大好きになっていました。 リスボンが好きになったポイントは“落ち着き”と“人の心の暖かさ”だと思います。人の歩き方が東京とは全く異なり、退職者の生活にピッタリのゆったりとした過ごし方を教えてくれました。そして物を大切にする心。靴でも食器でも壊れたら使い捨てにする今の日本とは異なり、古くから使ってきた物に手を入れて、最後まで付き合ってゆく世界です。「そうだな。日本でもお袋達の年代では、こうやって物を大切にし、人の心を大切にして生きていたな。」とホッとした気持になった20日間です。超高層ビルがなく又海に近いので広く青い空が印象的で、こんな所で過ごす人生もいいなーと惚れ込んだようです。 日本へ帰国後、今後の人生計画などを話し合ってはみましたが、所詮計画などが出来るわけもなく、“取り合えずビール”ではありませんが、“ひとまずポルトガルに住んでみよう。三年ほど住んで嫌になったら帰ってくれば良し、気に入ったらもう暫らく延長すれば良い。”こんな結論が出たので、まずはポルトガル大使館へ行きビザを申請しました。 ビザの発給にはとても時間がかかると聞いていたので、一年はかかるだろうと考えていたのに、2ヶ月半でビザが手渡され、それからの準備が大変でした。長い間自分達が住んだ家を人に貸す為に手を入れ、一方自分達は荷物の整理をしてアパートでの仮住まいです。引っ越す為にいくら整理しても後から後から出てくる荷物の山には、ほとほとうんざりしました。今から考えると、良くあそこ迄の事をしてポルトガル暮らしを実現したものだと驚く程です。然し始めてしまった勢いで、2002年の6月には成田空港で飛行機に乗り、なんとかポルトガルで退職者の生活を始める事になりました。
(征二)2002年7月

 
           
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