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ポルトガル便り・第45便 ポルトガルから、こんにちは!

  ポルトガルでの3度目の生活が始まりました。

  1回目はリスボンの郊外です。都会なので便利な生活。今から考えると、日本とあまり変わりのない環境でした。それでも当時は“異文化での生活だ“と随分張り切って、そして身構えて始めた4年間の生活でした。

  それに続けて又4年住んだのがオリャウンという、古くからの漁師町。此処に引っ越した理由は、2006年の頃ヨーロッパの通貨ユーロが強くなり、円の価値が30%ぐらい目減りした為に、円ベースでの年金では生活が成り立たなくなったので、ポルトガルの最南端の田舎に引っ越したのです。そこは食べる物が美味しく、また交友関係が格段に広がって、思いもかけぬ楽しい経験が出来ました。

そして一度日本へ戻り9ヶ月を過ごし、3度目の生活を始める事になりました。今度の場所は、オリャウンと同じアルガルベ地方のアルブフェイラという町の近くです。

家の窓から見えるオレンジ畑

  アルブフェイラは海に面したリゾート地で夏はとても賑わいますが、私達が住むのは郊外で、果樹園に囲まれた静かな田舎暮らしです。一日中、車も電車やテレビの音も殆んど聞こえない静寂に包まれ、朝は鶏の鳴き声と鳥のさえずりで目が覚めます。サマータイムを採用している事もあって、今・日の出は6時を過ぎてから。とても沢山の種類の鳥がいるようで、色んな鳴き声が聞こえてきます。私達が鳥博士だったら鳴き声から、鳥の名前や姿形・その生態が分かって、さぞかし楽しいだろうなと思います。また16世紀にフランスのジャヌカンという作曲家が作った「鳥の歌」という有名な歌があります。沢山の鳥の 鳴き声を歌に取り入れた楽しい曲で、私達合唱仲間の愛唱歌でした。私にもう少し音楽の才能があればな・・と思わせる程、聞こえてくる鳥の合唱は素晴らしい朝のプレゼントです。

  そしてポルトガルの青い空は健在でした。私達が住んでいる家は、大家さんの家に隣接した離れのような建物です。1階が大家さんのガレージと大きな倉庫。2階に私達が住み、3階は階段と屋上です。窓からは素晴らしい景色が楽しめます。糸杉や松が沢山あり、その間に家が点在しています。木の緑・家の壁の白・屋根のレンガ色。そして背景には雲が全く無い青い空。

左奥が私達の住居・右手前は大家さんの家

その空に鳥達が縦横に飛び交っている広い空間は、日本では見る事の出来ない気持ちを伸びのびとしてくれる景色です。糸杉・松以外には、アーモンド・オリーブ・アルファローバ・コルク樫・紫の花を咲かせるジャカランダなどが、左奥が私達の住居・右手前は大家さんの家- この辺りの木の仲間です。果物としては、オレンジ・イチジク・ザクロなどが多く、私達が大好きな緑色の無花果はこれからが旬の季節のようです。5月からは雨の降らない季節なので、今はもう日差しが強く、サングラス無しでは目を開けていられない程です。果物が毎日どんどん甘くなってゆくのが感じられます。

  そして此の家の良さは、三方向に広がる部屋の窓から、丘の上に昇る朝陽と遥かな地平線に沈む夕陽の両方が見られる事です。特に夕陽が沈む時は、ユーラシア大陸の西のはずれの国に相応しい美しさで感激も一入です。

  私達が住む居間の前面が、4x9メートル位の広いテラスになっていて、テラスの端にはバーベキュー用の大きな炉があります。どうやら「俺を早く使って、盛大に楽しめよ!」と催促しているようです。

テラスとバーベキュー用の炉

魚と野菜が新鮮で美味しいですから、青い空の下での炭火焼と赤ワインは、さぞ楽しい事でしょう。

  正直なところ、年をとってからの引っ越しは大変です。サラリーマン時代、私達は単身赴任を含めると大小16回の引っ越しを経験しているので、その時のノウハウが今・役に立っているとも言えます。

そして力が衰え・動きが鈍くなってきた最近は、二人がかりでも一人前の仕事が出来ないと感じる事がしばしばです。しかし年をとってから力を合わせて生活を作ってゆくのも、仲良く老年を過ごすための良い経験になる事でしょう。 今日は、ポルトガルの貸倉庫に預けておいた衣類などの生活用品が運ばれてきます。家づくりにもう一踏ん張りしなければなりません。

  日本を離れるにあたっては、ばたばたと準備に追われ、誰方にもご挨拶をすることなく飛び出してしまった事を、心からお詫び申し上げます。これから又ポルトガルでの生活風景をお届けするこの便りが、面白いものになれば良いがと考えています。
 【 2011年 6月 征二・孝江 】

 
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