ポルトガル便り・第44便 日本に戻りました。
8年ぶりに居を移し、ポルトガルから日本に戻りました。退職記念旅行で訪ねたリスボンでの生活に魅了され、3年のつもりが5年になり、とうとう8年もの滞在になってしまいました。しかし結果としては、運の良い選択だったと考えています。
ポルトガルで過ごした事の何が良かったか? 沢山の経験をしたのでひと言では説明が出来ません。何よりも青く広がった空の素晴らしさを思い出します。最後の4年間を過ごしたアルガルベという地域には塩田が沢山ある事でも判るように、晴天の日がとても多く太陽の光が強く、明るく・しかも湿気が少なく快適な毎日が楽しめました。
日本に較べると人の動きがゆるやかで、ゆったりとした気持ちで毎日が過ごせます。そして言葉が充分には通じない不便さの裏には、ややこしい事を知らないで済むという便利さもありました。日本の事、その社会・文化・伝統などを殆ど知らない人達・私の過去の人生を知らない人達に囲まれている事は、勿論不便ではありますが、それ以上に自由さ・気楽さを与えてくれたように思います。こうして考えてみると、過去にとらわれずに全く新しい生活が出来たこと・過去の生活と繋がった付き合いとは異なった新しい人間関係が持てた事は大きな収穫だったと思います。どんな人達との付き合いだったか、その何人かを紹介しましょう。
ウォルタ−さん(Walter Sulzer・ドイツ)
長い間、故郷の教会でオルガンを弾き・合唱隊を指揮してきたという、まるでJ.S.バッハの生涯のような人生を過ごしてきた人。私が所属した合唱団の指揮者で、年令もほぼ同じだった事もあり、とても親しい付き合いが出来ました。
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ウオルター邸でのひと時 |
ウォルターの家で、ドイツ人の彼にピアノ伴奏をして貰ってシューベルトやシューマンの歌曲を歌うという想像もしなかった経験も出来ました。
彼等はポルトガルに来て郊外にある古い農家を買い、それを改修して住んでいました。庭は果樹園になっていて、家も広く快適な住まいです。広いスペース(居間兼客間)の真中にグランドピアノがあり、その隣にこれも彼が弾く愛用のチェロが置いてある。奥さんのパオラはオーボエやリコーダーを吹くし、子供達も皆音楽が大好きに育ったそうです。彼の70歳の誕生日 には、5人の子供達がドイツやアメリカからそれぞれの家族を連れて集まり、両親が住む町の教会で家族の音楽会を持ったという事でした。真面目で控えめで、音楽に浸っている事が喜びという人生観なのだという印象です。
ピ−タ−さん (Peter de Jong・オランダ)
彼は、私の妻が所属している絵描きグループの仲間。年齢は60歳ぐらいだが、見かけは10歳ぐらい若く見える。その秘密は、彼の自由な人生の過ごし方にあるに違いない。もともと仕事としては絵を使った精神療法士(art therapist)なのだが、同時に旅行が大好き。それも単に通過する旅行ではなく、気に入ると6ヶ月から1年間ぐらいその土地に住むような旅をしている。
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アトリエ(パオ)の前でのピーターさん |
約50カ国を訪ねたと言っていたが、前述のような形で住んだ国が15を超えている。日本でも半年暮らし、富士山にも登り日の出を見る為に頂上で3日間を過ごしたと言っていた。その彼が「日本は私にとって唯一の理解できない国だった。」という。「何かを決める時に、自分中心の判断基準ではなく、所属するグループにとって何が良いかを考えて判断する。こんな発想は他の国ではありえない。」と言っていました。
角の喫茶店のおばさん・イザベル(Isabel・ポルトガル)
私達が住んでいた町は全体が長屋形式で出来ているのですが、私達の家から3軒目の角がイザベルとご主人とがやっているバール(ワイン・ビール・コーヒーなどを出すワインハウス)“ソラ”です。当然沢山の人が出入りし、皆がおしゃべりをする賑やかな溜まり場です。朝7時過ぎには店を開き夜は11時まで。日曜日にも営業して殆んど休む事もなく勤勉に働く毎日です。ワインでもビールでも1杯は100円位ですし、おしゃべり大好きの国民ですから一度座ったら2時間は平気で話し続けていて、皆さんの憩いの場になっています。然し一日の売り上げが一体いくらになっているのかと、人ごとながら心配したくなる事もありました。
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イザベルさん |
イザベルはこの店の“肝っ玉母さん”。「困ったことが有ったらいつでも私の所にいらっしゃい」といった感じの人です。私達も大変お世話になりました。家の前の道路に駐車した車の窓を私が開けたまゝにしていた時、家の扉の外側に鍵を差し込んだまま朝まで忘れていた時、道路に駐車しておいた車が衝突された時。いつもそれを教えてくれ、対処方法をアドバイスしてくれたのがイザベルでした。常連客にならなかった私達にも親切にしてくれたイザベルさん、本当に有難う。
私達の友人は特に金持ちではないけれど、生活を楽しむ事をよく知っていて、実際毎日をとても楽しく生きていました。日本に戻って一番気になるのは、電車の中や街で会う人達の表情です。疲れている人・俺は不満だと怒っている人・自分の殻に閉じ籠って他人とのコミュニケーションを拒否している人達などが多すぎると思います。実際には、日本は他の国と比べるとまだまだ豊かな国、清潔で安全な素晴らしい国です。他人と比較して自分の人生を考えるのではなく、自分自身の生活の中に自分の楽しさを見つけられたら、日本人の表情がもっと明るくなるだろうにと強く感じています。 【 2010年10月・ 征 二 】
尚 私達は2011年6月〜12月を、又ポルトガルで過ごす予定です。このポルトガル便りも今しばらく続けるつもりですので、宜しくお願いします。