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ポルトガル便り・31便  スイス旅行

  待望のスイス旅行がとうとう実現しました。幼い頃からスイスという国に憧れを持っていたようで、“あの憧れのスイスにやっと行けるのだ”という、何か特別な気持を抱いて今回の旅行に臨みました。私の小学校時代は敗戦後の物の乏しい時代だったので、自分の写真というのが殆んどありません。自分が写っている写真は毎年一回遠足に行った時にクラス全員で撮る集合写真、これだけなのです。そういう時に何かの機会にスイスの写真を目にする機会が有り、
憧れのスイス

それ以来憧れの国になったような、おぼろげな記憶があります。約60年経った今頃になっても胸を震わせて旅行をさせる力が有るわけですから、幼い時の経験というのは恐ろしいものです。

 第1日目は6月24日(火)。当初は07時45分ファーロ発・11時30分チューリッヒ着の予定だったのですが、飛行時間が変更になり出発が16時20分・チューリヒへの到着が22時15分になりました。変更の連絡があった時には、この事が私達の旅にこれ程大きな影響を与えようとは夢にも思いませんでした。
  今年2008年6月はサッカー欧州選手権・EURO2008が、スイス・オーストリア両国の共催で実行されました。勿論私達もこの事は考慮に入れたうえで旅行計画を作りました。当初の午前11時30分着であれば、そのまま移動できるのでチューリッヒの町に泊まる必要は無かったのですが、22時15分着ともなればここで宿をとる以外には方法がありません。ところが運の悪い事に、予選リーグ最激戦区で死のグループと呼ばれたC組の、又その最強と思われていたイタリア対フランスという2チームの試合が、私達の到着の日にチューリッヒで行われるのです。スイスのすぐ隣国であるイタリアとフランスからは続々と応援団が詰めかけて来るわけで、インターネットのどのサイトで調べても、当日チューリッヒのホテルは全部満員。どこにも予約が出来ない。出発前から第一日のホテルが取れないという大ピンチです。
  これについては幸いスイス人の友人のアドバイスで、近隣の町・シャフハウゼンに予約が取れ胸を撫で下ろして出発する事が出来ました。然し空港に夜の10時過ぎに着き、荷物を受け取って電車に乗りチューリッヒ中央駅で乗り換え、シャフハウゼンに到着したのが零時3分前。ホテルのベルを鳴らしたのは、当然夜半過ぎでした。ホテルのドアは固く閉ざされ、ベルをいくら鳴らしても誰も出てこない。予約の時点で“遅くなるけれど必ず行きますから宜しく”と頼んでおいたのに、矢張り駄目なのだろうか。“やばいぞ、これは。”寒くなってきたし、田舎町の夜には人通りも殆んど無く、店を開けている所も見当たらない。疲れもあり二人で憮然として顔を見合わせました。しかしお見合いをしていても解決にはならないので、“孝江はベルを鳴らし続ける。征二は駅に戻り駅員に相談に乗って貰う”という分担を決め動き始めました。しかし駅に行っても事務室はすでに暗く、駅員の姿も無い。“万事休す。野宿かな”と考えながらホテルに戻ったところ、にこにこ顔の孝江の姿あり。辛抱強くベルを鳴らし続けた結果、受付の人が起きてきて呉れたのです。テレビでサッカーを観戦して、そのまま酔い潰れていたようです。彼が応援したイタリアが勝ったので、機嫌が良かったので助かりました。

  翌日は一路インタラーケンを目指しての列車の旅です。昼頃インタラーケン東駅に到着。駅近くの中華料理屋で昼食を摂り、荷物を引きずりながらブラブラとホテルへ向かいました。その途中に大きな公園があり木陰にベンチが有ったので一休みしたところ、山と山の間に雪を頂いたユングフラウが見えました。その山の美しさは旅行案内や山の写真集でお馴染みの姿でしたが、風の匂いや人のざわめきの中で一体となって見る山の姿は、写真とは較べようもなく美しく又身近に感じられました。
  さてこの休憩の時にパラグライダーが何機か公園に降りてきたのですが、その姿が優美で一幅の絵になって見えました。ホテルでチェックイン・休憩のあと又公園に戻ったら、偶々目の前にパラグライダーの受付が有り、今なら直ぐ飛べるという。100%安全。値段は一人CHF160(CHF1 は約100円)と思ったよりずっと安い。思いもせぬ出来心から二人共に申し込んでしまいました。旅行中はかなり興奮するものですが、このように急な決心をするのはその典型ですね。

  スタート地点のインタラーケンが標高570メートル。車に乗せられて約20分。飛び出す場所は850メートルの山の上です。お客は私達以外には若者が3人。この5人とインストラクターとがペアになり、合計10人が空の旅に出ます。生命を預けるパラグライダーは幅14メートル。重さが(座席が2人分付くので)30KG。一基US$4,000だそうです。毎年買い替えて新品だから大丈夫だという説明でした。私のパートナー(操縦士)は30歳代後半の青年でブルーノ君。「14歳から飛んでいるよ。」と言うので「それでは2,000回ぐらい飛んだのかな?」と聞いたところ、「勿論、それ以上飛んでいる」と言う答えでした。
  さて飛び方ですが、インストラクターが全ての装備を整えてくれ、二人してやや下り斜面を20メートルぐらい走ると、ふわっと浮いてもう空中です。断崖から飛び降りるような恐ろしさは全くありません。暫らく遊泳すると飛び立った 地点が遥か下に見えました。多分1200メートル位の高さ迄昇ったようです。眼前にユングフラウを始めとするアルプスの山々を、下には緑の濃いインタラーケンの町や・それを取り囲む二つの湖など美しい景色を見ながらの30分の空の旅は、思いもかけぬ楽しく気持のよい空中遊泳でした。
  私がとてもハイな気分になってはしゃいだ事と操縦士がまだ若く茶目っ気のある人だった事もあり、私のグライダーだけがひと際高い所まで上がったり、
貴重な体験

かなり急な回転をしながら降下するというサービスをしてくれました。そのサービスが利いたのでしょう。最後には船酔い状態になり、「おーい。早く下ろしてくれ!」と喚く始末でした。
  第3日はミュレン周辺で一日ハイキングをする計画です。ポルトガルに引っ越しをする直前に神保町の山専門店に行き、キャラバンシューズ・山用の靴下・ポンチョなどの山用道具一式を買い込んだのが、やっと陽の目を見る日なのです。
 インタラーケンから電車とケーブルカーを乗り継ぎ、グリッチアルプという所からミュレン迄を歩きます。標高1487メートルの出発点から 約4KMで150メートルだけの登りですから、子供連れも居る楽なコースです。逆の下り方向には車椅子の三人組も居ました。左側にはアルプスの有名な三つの山“アイガー・メンヒ・ユングフラウ”が終始楽しめるこの山道は、高山植物の花々や山からの雪溶け水の流れも楽しめ、まさに天国の散歩道と呼びたくなる程、楽しく美しさに満ちた半日でした。
  午後はミュレンからケーブルカーで一気に標高2970メートルのシルトホルン迄上がりました。  

アイガー(3970)・メンヒ(4107)・ユングフラウ(4158)

気温が10度から3度まで下がり、やや雲も多く、天国の散歩道の楽しさには及びません。ケーブルカーの中に高度計が設置されていて、刻々と高度が変わってゆくのが印象に残りました。

  翌日・第4日は、まずグリンデルワルトのホテルへ向かう。電車から見る途中の景色の美しさに見とれていたが、車内でもとても微笑ましい光景を見ました。韓国から来た若い男女5人と一緒の車両だったのですが、その中の一人が近くに座っていた子供連れの夫婦に話しかけ、そのお嬢さんに韓国の太鼓のキーホールダーを贈っていた。ただそれを渡すだけではなく、その太鼓の由来や使い方などを説明していました。5歳ぐらいかと思われるお嬢ちゃんも、とても嬉しそうで太鼓を叩く真似をしていました。あの夫婦にとっても、遠いアジアの国・韓国が急に身近な存在になった事でしょう
  ホテルに荷物だけを預け、今度はクライネシャイディック経由ユングフラゥヨッホに向かう。グリンデルワルトで登山電車に乗ったのだが、車窓からすぐの所に大きな山が見える。妻が「これがアイガーかしら?」というのだが、そんな事は有り得ない。六甲山を一寸大きくした位にしか見えないし、「そんな事は100%ない。アイガーはもっと遠くに有る筈だろう。あの山だったら、僕でも登れるよ。」と答えた。暫らくしてやってきた車掌さんに念のため、「この山の名前はなんというの?」と問うたところ、車掌が胸を張って「これがアイガーさ」と答えるではないか。同席していた外人観光客も驚いて、急に写真を撮り始めたりして面白い一幕でした。それにしても山というものは、見る場所や天気の状態で随分姿を変えるものです。
  ユングフラゥヨッホは勿論素晴らしい場所でした。雪が沢山あり、眺望が本当に美しい。電車の料金は高いけれど、自分では何の努力もせずに、標高3454メートルのこの別世界まで来る事が出来るのには驚かされました。
  勿論日本人も沢山いましたが、それを含め観光客の凡そ半分がアジア系の人達でした。インド人と思われる人達が特に目に付き、経済発展の移り変わりがこんな所でも確認されました。 又エレベーター・展望台など色々な設備がきちっと整っていたし、高い山なのにトイレが完備していて清潔だった事が強く印象に残ります。遠くから見る日本の富士山は美しいけれど、富士登山をした時に感じた、山小屋とトイレの不潔さが頭をよぎり、残念に思いました。

  第5日はホテルからゴンドラでフィルストに登り、そこからバッハアルプゼーまで、往復約2時間のハイキングを楽しみました。今回の旅行ではまだ殆んど履いていないキャラバンシューズが心配で、バンドエイドを始め・いざという時の対策をいろいろ考えていたのですが、靴の調子は絶好調ですべては杞憂に終わりました。雨具の出番も無く無駄な荷物になりましたが、これも有り難い事です。

バッハアルプ湖とシュレックホルン(4078)


  第6日は山あいの美しい景色を楽しみながら、ゴールデンパスと呼ばれる区間を通ってローザンヌまでの列車旅行です。そして翌日はそのローザンヌでITTF(世界卓球連盟)の本部を訪ねました。2008年の大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補作になった“ピンポンさん”(講談社刊・城島充著)を読み、荻村伊知朗のこと、そして私達の親戚が関わっている関係もあり訪ねてみたくなったのです。付属する卓球博物館では、そのルーツが1500年代にまで遡る卓球の歴史を、館長さんご自身が説明してくださいました。昭和天皇・毛沢東を始めとした歴史上の人・有名人が卓球に興じている写真コーナは特に興味深いものでした。

   こういう次第で“憧れのスイス旅行”は終わりました。スイスに詳しい友人からは、「そんな日本人ばかりが集まる所よりも、もっと静かな田舎に良い所が沢山有るよ。」とアドバイスされていたのですが、矢張りアイガー・ユングフラウを一度は見に行きたいと、今回は初心者コースを選びました。ミュレンに到る“天国の散歩道”は何度訪ねても楽しいだろうと思います。又ゴンドラや登山電車で一気に上まで到達する旅は、自分で努力しないだけに物足りなさを感じたものの、山の下ではあれ程暑かったのに山の上は銀世界。まさに別世界でした。物価は心配した程高くはなかったけれど、食べ物は評判通り3流。夏場なのでフォンデユーなどを避けた事もあり、美味しいと感じたのはラムの料理だけでした。
                 2008年6月 【 征二 】

 
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