ポルトガル便り・3便 スザンナ支店長のお話
スザンナ。いい名前ですね。彼女を紹介してもらった時にすぐに大好きになりました。あの愛らしいスザンナの名前を耳にしたのは多分新宿の名曲喫茶だったでしょう。ですからかれこれ50年にもなる訳です。フィガロの結婚のあの名場面はもう何度も見ているので、スザンナの容貌や服装については私なりにいろいろと意見も注文も持っています。
ところでここパレーデイのスザンナは銀行の支店長さん。年の頃は30代の後半かな。黒ぶちの眼鏡をかけて行内を颯爽と歩いています。窓口に座っている50代のおじさんも、与信や口座開設などを担当してくれる40代のお父さん然とした男性も、難しい事になるとスザンナ支店長の判断を仰ぐという次第です。私が口座を持ったこの銀行は、ポルトガルでは三指に入る大手で、老舗で名誉も信用もあると言われている銀行です。ところが所変われば品変わるの喩えどおり、色々と面白い経験をさせてくれます。今日はこちらの銀行での経験についてお話しましょう。
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最初に苦戦を強いられたのはトラベラーズチェック(TC)です。今までの私の経験では“TCは現金とほぼ同じ扱いをして貰える。サインを二回するという面倒はあるが安全性はずっと高くなる。”これが常識だと思っていました。それで引越し当初の生活の立ち上げに必要なお金として約50万円相当のTCを持ってポルトガルへ来たので、口座開設と同時にこのお金を預金しました。勿論すぐに使えると思っていたのですが、これが中々使えるようにならない。窓口の小父さんの所へたびたび足を運ぶのですが“まだ入金の確認が取れない。時間がかかる。”の一点ばりで埒があきません。こういう時には言葉の障壁が急に高くなったように感じます。持参した現金も底をつき始めたのでスザンナ支店長に直談判する事にしました。この支店では英語で自由に話しあえるのは彼女だけしかいません。この結果20万円ほどを特別枠としてに使える事になり、この時ばかりはパレーデイのスザンナがフィガロのスザンナ以上に愛らしく見えてきたのは言うまでもないことです。結局全額を自由に使えるようになるまでたっぷり一ヶ月かゝりました。他の日本人はそんな事は無かったと言いますから私の経験が総てではないのでしょうが、何とも違う世界に来たという思いがしました。
また或る日私の口座から約30万円のお金が忽然として消えてしまった事があります。ポルトガルへ来て一ヶ月が経過し、少しはこの国に慣れてきたなどと考えていた頃の事です。預金口座から現金を引き出したところなんと残高が大幅に減っているのです。新しい生活のスタートなので確かに沢山の買い物をした事はしたけれど、どれも小さな金額の物ばかり。一体何に使ったのだろうかと思案はしても思い当たる事が何も無い。すぐに銀行に飛び込んで確認したいところだが、もう金曜日の夕方6時過ぎなのでそれもなりません。こちらでは預金通帳というものは無く、その代わりに機械からは残高シートだけではなく、要求すると出し入れ1ヶ月分ほどの明細書が出て来ます。そこには大家さんへの家賃の振替ともう一つ、他の見しらぬ口座への振替金として数千ユーロが引き落とされたと書いてありました。他の口座と言っても全く思い当たる事がありません。大きな店での支払は殆どこのカードで済ます事が出来、その度に店員にカードを渡して処理をするのですが、いつも目の前で処理していたしカードを失った記憶も無い。昔の事ですが海外旅行中にVISAカードを悪用され“宝石を買った”として約100万円の請求を受けた経験が有ります。その時は保険求償が出来たので実害は無かったのですが、いろいろと嫌な想像も頭をよぎり不安に包まれた週末を過ごす事になりました。
月曜日を迎え“事務的なミスに違いない”と願いながら銀行へ乗り込んだところ、意外な事に事実は“私に無断で私名義の第二預金口座が作られ、そこにくだんの約30万円が振り込まれていた”という次第でした。
この国の銀行口座は日本の当座預金と同じで、小切手を発行できるけれど残高に金利は全くつかないシステムになっています。そこで4日間連続して1,250ユーロ以上の残高がある場合には、それ以上の金額は金利がつく第2口座へ自動的にお金が振り替えられるという仕組みになっている事が判りました。(第2口座は日本の普通預金に相当し、現在は金利2.5%がつく。)恐らく口座を開いた時の基本契約にはそんな事も書いてあるのでしょうが、そんな物は読んでいもないし又努力しても私の語学力ではとても理解出来なかった事でしょう。予想外の事でも不利になる事ではなかったので結果オーライで済まされましたが、外国に住むスリルを満喫する体験でした。
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さて日本でも最近は預金の出し入れや振込みの処理を機械を相手に自分で処理をするようになりましたが、こちらでも同じようにムルテイバンコと呼ばれる機械が町のほうぼうに置かれています。(ムルテイ・・・・沢山の、バンコ・・・・銀行 の意味。)ポルトガルの有り難いところはこれが総ての銀行共通の窓口になっていて、自分の銀行カードはどのムルテイバンコでも同じ条件で使えるという点にあります。手数料はゼロだし、ムルテイバンコの機械は町の中であればどの曲がり角でも見つけられます。又土曜日も日曜日も営業をしているので、現金を持ち歩かなくても全く不自由はありません。
これからも思いもかけぬ体験をする事もあるでしょうが、この10人位の銀行の行員の皆さんはとても親切でスザンナの下で気持ちよく働いています。郵便局はいつも大変な混雑な一方で銀行は比較的空いていて、昔の日本の銀行のようにシックで落ち着いた雰囲気に包まれゆったりと動いています。“もっと努力をしないと他国の銀行に負けてしまうよ”と応援もしたくなるところですが。(征二)