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ポルトガル便り・24便  暑中お見舞い申し上げます。

 長い梅雨の季節を終えられ、暑い夏をお元気に過ごしていらっしゃる事と存じます。私達もポルトガルでの5回目の夏を元気に迎えておりますのでご安心下さい。
 ところで私達はポルトガルの国内で引越しをする事にしました。「パレージの町に住んで4年。今度は何処か田舎に住んでみるのも面白いか。」「ユーロ高で家賃の支払いも苦しくなってきたしな。」「ここは高級住宅街ね。皆さん教養があり節度を持って接して下さるけど、何か物足りないものを感じるわ。」等々の会話から、どこか田舎に住む所を探そうと家探しを始めました。そして家が見つかり、8月の初旬に引っ越す事に致しました。リスボンから南々東に約300KM。ポルトガルで一番南のアルガルベ地方です。言ってみれば東京から鹿児島へ引っ越すという感じですが、国土が狭いポルトガルですから距離はそれ程ではありません。道路がよく整備されており、車で行くと3時間程度です。
公営の市場
 実際に住む町はOlhao(オリャウンと読みます)という漁師町で、人口が約4万人。ポルトガルの南部はアフリカに近い事もあり、8世紀から13世紀にかけてこの地に住んだムーア人(イスラム教徒)の影響が大きく残っている地域だと言われています。特に今度住むところは旧市街なので、道路も極端に狭く・車は勿論一方通行。しかも直線で続く道は殆んど無く、折れ曲がって迷路のように続きます。近代ではなく中世に住んでいるといった感じです。家の造りも街全体が長屋のように連続した家になっており、その屋根はみなフラットでテラスのように使われています。リスボン界隈で見られる美しいオレンジ色の屋根は、家の周辺には皆無です。対岸のモロッコもきっとこのような街なのだろうかと想像しています。
 オリャウンはとても下町の雰囲気が強い所で、先日訪ねた時にもそここゝで鰯を焼く臭いがしたり、洗濯物を干した路地で子供が遊んでいたり、庶民的な雰囲気を強く感じました。この街に住む日本人は私達を誘ってくださったご夫婦一組だけなので、私達が物珍しいという事もあったのでしょう。周囲から遠慮会釈の無い、好奇心丸出しの視線に曝されて帰ってきました。しかし悪意は全く感じられず、単に「今度はどんな奴が住むのかな」という感じでした。ポルトガルに初めて来たのだったら此処に住む勇気は湧いてこなかったでしょうが、今ではこちらも好奇心を発揮して隣近所とのお付き合いをする事が出来そうです。尤もそのエネルギーがいつまで続くだろうかという心配もありますね。
私達が住む家
 アルガルベという地域はマルセイユ、バルセローナなどの地中海と連続した気候で、太陽が一杯というイメージの所です。それでイギリスやドイツなどから沢山の人が太陽を浴びに集まっています。ゴルフ場を囲んで高級な家が連なり、リタイアしたお金持ちが日光浴・ゴルフ・ブリッジなどに明け暮れるという世界です。しかし私達が住む町は、そういうリゾート開発からは取り残された漁師町で、漁師さんを主なお客とする食堂などは、夜9時には閉店するという全く健康な生活を続けているようです。(リスボンなどではレストランは夜8時に開店で、お客さんが沢山入るのは9時以降というのが一般的です。)
 オリャウンから10KM西にファーロという町があり、これがアルガルベ地方の中心地・言ってみれば県庁所在地です。と言っても人口が10万人に満たない小さな街なのですが、国際空港があり・欧州選手権でも使用されたサッカー場や新設の音楽ホールなども有って、この地方の文化・経済の中心です。日本で発行される地図にもこのファーロの名前はよく載せられています。更に西に80KM行くとポルトガルの南西の端であるサグレス岬となり、この国の大航海時代を築いたエンリケ王子が経営した海洋学校や、往時に沢山の船がアジアを目指して出港したラゴス港などが有る地域です。そして反対方向・オリャウンから東へ40KM行くと、そこはもうスペインとの国境です。
 今回はひとまずご連絡です。オリャウンでどんな生活が出来るのか・アルガルベ地方がどんな所なのかは、おいおい又ご報告致しましょう。 末筆になりましたが、皆様の一層のご健勝をお祈り申し上げます。 2006年 7月 吉日

 
       
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