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ポルトガル便り・17便  シントラ音楽祭

  私達が住んでいるパレージの町から北北西に約20KMの所にシントラという町があります。(便り15号の項目8をご覧下さい。)このシントラは標高約500メートルの高さにある町ですぐ西側が大西洋(イベリア半島の西端として有名なロカ岬)となり、リスボンからも約30KMの距離なので、かってエデンの園と呼ばれ、今は世界遺産に指定され緑に囲まれた美しい避暑地となっています。
  このシントラで夏のシーズン(今年は6月18日から7月31日まで)に、音楽と舞踊の祭典が催されます(Festival de Sintra−Musica e Dancao−)。知ってはいたのですが、今年はEuro2004とか自分達が計画した行事に気をとられてプログラムのチェックを怠ってしまい、やっと最後の四つの催しだけを聞く事が出来ました。
  

ケールース宮殿・王の間

 この音楽祭は1957年に始まり途中一時中断も有ったようですが、今年は第39回を数えています。そしてその特徴の第一には会場の素晴らしさを挙げることが出来ます。勿論通常の音楽会用のホールで開かれる催しもありますが、私達が聞いた音楽会はすべて宮殿の広間を使ったサロンコンサートでした。18世紀・19世紀には王様や貴族たちが実際に客を招き、時にはコンサートを楽しんだであろう華やかで美しい広間に招かれ(勿論入場券を買ったという意味ですが)、素晴らしい音楽を楽しむ事が出来ました。広間ですから客席は階段状ではなく、演奏者だけが15センチぐらいの高さの舞台に乗っています。しかし聴衆の数は150−200人程度ですから、自分が大衆の中に埋没した点として聞くのではなく、親しい友人と一緒に自分達の為の特別な演奏を聞かせて貰っているという親しみが感じられます。また会場となった部屋は天井が充分に高く音の響きもまろやかで美しく、又いずれも優雅に飾られ美しさに満ちたものでした。シャンデリアとはこういう部屋に有って始めて、美しく調和したものになるのだという感想を抱きました。

  さて以下は演奏会のプログラムと私の感想です。
7月20日・王宮・白鳥の間(Sala Cisnes)
この部屋は1400年頃にドン・ジョアン1世によって作られたが、1755年の大震災などで改築され現在に到っている。
チェロ:ジャン・ワン (Jiang Wang)
ピアノ:グレーテル・ドウデスウエル (Gretel Dowdeswell)
曲目:バッハ(無伴奏チェロソナタNo.2)・ドビッシー(ソナタ)・ブラームス(ソナタop99)
  ジャン・ワンの演奏は若さに溢れ瑞々しく又技術的にも一級品の演奏で私達の感激もひとしおでした。最近音楽会へ行ってもどこか覚めていて、分析的というか評論家気分で聞いている事が多いのですが、久し振りに音楽に埋没して聞いていたように思います。多分私が高校生の頃だったと思うのですが、友人の家で聞かせて貰ったバッハの無伴奏チェロソナタに感動し、聞き終わった時には虚脱状態で言葉が出ないというか、暫くの間現実の世界に戻れなかった事が思い出されました。

ジャン・ワンが演奏するバッハは、その音色もリズムもとても柔らかくドイツ的な固さを感じさせません。又ドビッシーもフランスの雰囲気とは一寸異なり、東洋人の私には親しめましたがフランス人はどのように感じるのか興味のあるところです。

7月21日・ケールース宮殿・王の間(Sala do Torno)
先日浩宮皇太子がポルトガルを訪ねられた時にはこのケールース宮に泊まられています。1770年に建築され、今回音楽会が開かれた部屋は1807年の革命で王室がブラジルに出国する迄は、外国高官を招く時や王子の洗礼式などに使用されていた部屋です。
ピアノ: ニコラス・アンジェリッチ (Nicholas Angelich)
曲目:リスト(Annes de Pelerinage)・シューマン(クライスレリアーナ)

昨日の演奏の時にはこのピアノはちっとも鳴らないなと思っていたのですが、2日目にアンジェリッチが弾くと柔らかい音・強い音、小さな音・大きな音が更にいろいろな音色で聞こえてきて、さながらオーケストラのような響きです。名馬のたとえではありませんがシュタインウエイを弾きこなすのは大変な事なのだという事がよく判ります。アメリカ人の男性ピアニストであるアンジェリッチは、技術は勿論ですが腕力も体重もそして大きな手にも恵まれ素晴らしい演奏を聞かせてくれました。

ペナ宮殿・貴賓の間

7月25日・ペナ宮殿・貴賓の間 (Salao de Nobre)
ピアノ:ルイーザ・テンダ (Luisa Tender)
曲目:バッハ・ベートーベン・シューベルト・ブラームス

このピアニストはまだ20代のポルトガル人の女性で、彼女の活動を励まし将来の活躍を期待する狙いのステージだったと思います。

7月28日・王宮・白鳥の間
テノール:ペーター・シュライアー (Peter Schreier)
ピアノ:アドリアノ・ジョルダウン (Adriano Jordao)
曲目:シューマン〔リーダークライスop.24/op39・詩人の恋〕

  私にとってはハンスホッター;フィッシャーデイスカウと並んで長い間神様のような存在であったシュライアーの歌を、こんなにも間近に聴くという喜び・何と恵まれ又贅沢な夜なのだろうかと感激しました。私は彼の正面で最後列に席が取れたので後半は立って聴いていたのですが、目の前にシュライアーが居て私の為に歌ってくれているという気分を満喫です。(最後列といっても6列目ですから、歌手から10メートルとは離れていません。)彼は今年69歳だと聞きましたが、安定した美しい声は健在で素敵な一夜でした。ただハイネとシューマンは自然の美しさと若者の恋を描いている訳で、それはまだ知らない世界への希望と不安に満ち・柔らかく触れゝば壊れてしまうような脆さを持った世界だと思うのですが、技術的にも120パーセントだし、この世の富も名誉も皆身につけた大人が歌うとやゝ違った世界になるなと一寸した違和感が有ったことは否めません。

  音楽祭ですから全体の進行を管理するひと数人が毎回同じ顔ぶれなのは当然なのですが、面白かったのは4回の演奏会で使われたピアノ(シュタインウエイのフルグランド)も、私達が座る椅子も同じ物を移動させて使っている事でした。ペナ宮殿までの狭くデコボコな道・更にはその最上階の会場までの狭く急な階段を思い浮べると、グランドピアノを運ぶというこの移動は気が遠くなる程の大事業です。4人のピアニストがこのピアノを弾いてくれましたが毎回全く違う楽器のように聞こえ、これも興味深いことでした。
  そして4人いたピアニストの手の使い方が違っているのも興味が持てました。手の甲がピアノと平行で平べったい人・指を立てて使っている人・その中間で甲を丸めて弾いている人などそれぞれです。そしてその事が出て来る音色とも大いに関係しているようでした。率直に言えばシュライアーの伴奏者は音色の変化や柔らかさに欠け、シューマンの世界を描きだすには適したピアニストではなく、残念なことでした。

オビドスの町と城跡

   又この期間リスボンにあるジェロニモス修道院ではその回廊を使った音楽会が毎週水曜日に開かれましたし、王妃の町として知られるオビドスの町では8月にその城壁を使って「カルメン」のオペラが演じられるなど、歴史的な遺産を使った音楽会がいろいろと催され、ポルトガルならではの楽しみを与えてくれます。
シントラ音楽祭にはロストロポービッチ;アシュケナージ;ジョアンピレスなどのビッグネームも過去に出演しているとの事です。来年は第40回という節目を迎えるので何か特別な企画も考えられるでしょう。ポルトガルに興味を持ち音楽好きの方であれば、このシーズンに訪ねられるのも一興かもしれません。 2004年 7月 〔 征 二 〕


 
       
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