nitahara gallery

ポルトガル便り・15便  ご案内したいポルトガルの風景10選(その2)



5.ジェロニモス修道院(Mosteiro dos Jeronimos)
  ポルトガルはその冨をみな石に変えてしまったと良く言われています。中世の香料貿易で得た冨も、ブラジルの金鉱から得た莫大な財産も、石で出来た教会にみな化けてしまったというわけなのでしょう。残念ながら私達二人にとってはこれらの教会も自分の信仰の場ではなく、歴史的なスポットとしてしか見ていません。そして建造物として見るのであれば他の欧州の地にもっと素晴らしい建物があるので、どちらかと言うとこの国の教会は敬遠しています。その中でこれは素晴らしい。是非見てくださいとご案内したいのがこのジェロニモス修道院です。ポルトガルが他国に先駆けて大海原に乗り出していた時代・1502年にマヌエル一世の命令で建築が始まっています。日本からの天正少年使節団も訪れたといわれるこの建物は、一夜にしてリスボンを廃墟にしたあの1755年の大地震にも耐え、大航海時代の香りを今も我々に伝えてくれます。
  やはり16世紀前半に建てられた建物で、テージョ河の淵にあって沢山の船乗り達が大海原に出てゆくのを見送った「ベレンの塔」と、この大航海時代を築いた船団のリーダーであったエンリケ航海王子の偉業を讃え、没後500年を記念して作られた「発見のモニュメント」もこの地区にあり、同時に楽しむ事が出来ます。

6.ジャカランダの花咲く街並み( Jacarand)
  ポルトガルも花の美しい所です。私達が気に入っているのは栽培された華やかな花よりは、自然に咲く野の花の種類の多さ又その美しさです。季候が温暖なことも手伝って一年中色々な花が咲き、毎日を楽しませてくれます。
  一番寒い12月・1月にはアロエの花が盛りを迎えますし、2月には日本の桜を思わせるようなアーモンドの白い花が、又3月には黄色い花をつけたミモザが一斉に咲き出します。私達が住んでいる町の周辺には放置された土地が沢山あり、4月ともなるとこれらの空き地に各種の野草が咲き始めます。可憐な花々が強い日差しを受けて咲き乱れている風景は、今の混沌とした世界を忘れさせてくれるものが有ります。そして6月になると街路にあるジャカランダが美しい紫の花を咲かせます。ブラジルでは、ジャカランダは固く高級家具用に使われる樹だと聞いていましたが、こんなに街を美しく飾ってくれるとは思いもかけぬ驚きでした。

7.サグレス岬(Ponta de Sagres)
  リスボンから南南東に300KM走るとポルトガルの南端のファーロという町に着き、此処はもう地中海から外海へ出て大西洋となっている所です。更に今度は西に80KM走るとポルトガルの南西の突端サンビセンテ岬に達します。このサンビセンテとそして隣り合っているサグレスの岬から見る景色・特に夕陽の素晴らしさは、是非ご案内したい所のひとつです。この岬に立つと360度とは言いませんが視野の270度は海です。しかし海と戯れることが出来る砂浜は殆んど無く、切り立った崖が続きます。そして多くの場合風が非常に強く町から外れている事も有って、自然の厳しさと寂寥感をひときわ強く感じる所です。

  15世紀にはポルトガルが大航海時代を切り開いた訳ですが、その活動のリーダーであったエンリケ航海王子が自ら籠った要塞や、天文学者や地図製作者を招いて設立した航海学校の跡などをサグレスの岬に訪ね往時を偲ぶのも、ポルトガルならではの時間です。

8.ペナ宮とムーア人の城跡(Palacio da Pena e Castelo dos Mouros)
  私達の家から約20KMの所にある シントラはポルトガル貴族階級の夏の離宮が有った所です。イギリスの詩人バイロンが「この世のエデン」と讃えたそうですが、確かに夏の暑い日に、山の上の涼しい森の中で木漏れ日の中に貴族の館を見たり、遥かにムーア人の城跡を望んだりしていると、日常の憂さを忘れ楽園に遊んでいるような気持ちになります。さしずめ桂離宮のポルトガル版というところでしょうか。
  シントラの町の中心は王宮です。大きな円錐形の二本の煙突が目印のこの夏の宮殿は、もともとはムーア人により作られた建物を歴代のポルトガル王が何回も改築している為、中はばらばらな感じのする建物です。一方529メートルの山頂にあるお城・ペナ宮も、イスラム・ルネッサンス・マヌエル・ゴシックなどいろいろな建築様式を取り混ぜた建物です。ワーグナーのパトロンであったルートヴィッヒ二世の従兄弟であるザクセン王子が、ポルトガルの王女マリア二世と結婚(婿養子)した時(1844年)に、王子によって建てられた お城です。好き・嫌いいろいろと評価される建物ですが、夏のひと時を過ごすには絶好の場所です。
  これらの建物の周辺にぐるっと巡らされたムーア人の城壁の一部が残されていて、遠くに海を見ながら往時に思いをめぐらせ散策を楽しめる得難い場所となっています。

9.アルファマの街(Alfama)
  ご存知の通りリスボンの町は1755年の大地震とその津波によって、街中がほぼ完全に廃墟となったそうです。当時の人口が17万人なのにその死者だけで4万5千人という事ですから、その恐ろしさが伝わってきます。地震の直後にあちこちから火の手があがり、その火に追われた人達がテージョ河に逃げたところに津波が押し寄せたとの事です。通信設備などない当時でさえ遠く離れたフランスやドイツなどの人々が、この地震がもたらした被害のむごさに心を痛めたと言われています。
  今のリスボンは、ポンバル公爵を中心とした当時の市民の懸命な努力で作られ目覚しい復興を遂げた町です。町の中心を走り今はリベルダージ通りの名前で親しまれている、幅100メートルの大通りをその時代に作ったのですから、実に素晴らしい街づくりの構想だったと思います。
  そしてアルファマ地区はこの大地震を生き抜いたというか、地震にも耐え・火災からも逃れた唯一の地域なのです。ですから今でも震災前のリスボンを教えてくれる街並みとなっています。狭く迷路のような道が続くこの街は、私達が持つ異国情緒への憧れの気持ちを満足させてくれるように思われます。又ファドの店の中でも土地っ子がより多く出入りする店はこの辺りに多いようです。

10.アルカンタラの展望台とポルトワイン(Miradouro de Sao Pedro de Alcantara)
  リスボンの町のほぼ中央・海を背にして左側の高台にサンペドロ・デ・アルカンタラと呼ばれる展望台があります。リスボンは七つの丘に囲まれた街と呼ばれ展望の良い場所が沢山ありますが、私達はこの展望台からの景色が特に気に入っています。赤茶色の明るい屋根に埋まる街の景色もよいのですが、その街の向こう側に聳えるサンジョルジュ城の姿がよく、特に夕陽に照らされる時間にはひときわ美しく輝きます。このお城は今は公園となって公開されている城跡なのですが、14世紀から16世紀にかけては実際にポルトガルの国王が住んでいました。最初に城が造られたのは丁度西暦ゼロ年の頃で、この地に住んでいたローマ人の手によるものと言われています。その後ゲルマン系民族の西ゴート人(5世紀)やアフリカから来たムーア人(9世紀)などに支配されたのち、現在のポルトガル国が建国(1143年)されたわけです。サンジョルジュ城はこれらの歴史をつぶさに見てきたわけで、その姿を見ていると自然に「荒城の月」の詩が思い出されます。
  そしてこのアルカンタラの展望台のすぐ脇の街角に、ソラール・ド・ヴィーニョ・ド・ポルト(Solar do Vinho do Porto)という名のお店があります。ホテルのロビーのような雰囲気の中で、ポルトワインのあらゆる銘柄が飲める国営のバーだそうです。又そのすぐ近くには修道院を改築したと言われるビアホールがあり、大きな部屋を飾るアズレージョの壁画に囲まれて傾けるジョッキの味も又格別です。疲れを休め又好奇心を満足させるには格好なスポットでありましょう。

 
       
MENU