ポルトガル便り・1便 【ご挨拶】
瓢箪から駒とでも申しましょうか、私達も始めは冗談半分に話をしていたポルトガルがとうとう現実となり、この6月の中ごろからリスボン郊外のパレーデという町に住み始めました。この町はテージョ河が海へ注ぐところつまり大西洋が始まる所に面していて、古い小さな住宅街といった風情の町並みです。住んでいるのはアパートの3階で海から約500Mのところの一寸高台にありますので、毎日夕方の海を見ながら食事を楽しむなどとても雰囲気の良い生活を楽しんでいます。
現代のポルトガルについては私達もほとんど知識もないままに来てしまいましたが、生活のしやすい・住みやすい所だと実感しています。夏のこの季節が一番よい時期ではあるのですが、からっとした毎日の天候の快適さは予想以上のものです。空が青く一点の雲も無いことがよくあります。海の青の美しさとあいまって本当に綺麗で気持ちの良い一日を送る事ができます。また生活のテンポがゆったりとしている事は退職した我々には特にぴったりなのかもしれません。会社人であればどう感じるのかと思う事もありますが、能率よりは生活の楽しさをエンジョイしながら一日を送っている事が良く判るので、能率と競争をテーマにして生きていると思われる日本の方々は大変な事だとあらためて感じています。
物価については当然ですがいろいろな局面があり一概には言えませんが、全体として日本よりは生活が随分楽ではありますが想像していた程ではありません。食料と交通費はとても安くまた良い品物が多いので毎日幸福感を味あえます。町の中心部(家から5分)のところに食料品の市場があり野菜・果物・肉・魚などを売っているのですが(実は此処がとても気に入ったのがこの地を選んだ一つの理由でもあるのです)、特に魚が新鮮なのがとても気に入っています。鰯や鯵は勿論ですがすずきや黒鯛といった日本でもお馴染みの魚たちが海から上がってきたばかりといった顔で我々を待っていてくれるのですからこたえられません。刺身でも塩焼きでも勿論煮魚でもワインを片手にして食べるのはそれは美味しいものです。遠海魚は一寸離れた魚市場に行く必要がありますが勿論種類はとても豊富だし鮮度も文句なしです。ただ貝類の種類が少ないのは一寸不満ではあります。
今住んでいるアパートは約120平方メートル位あり建築後27年とやゝ古いのですが、家具付きでもあり二人での生活には言う事なしです。家賃は月額約13万円でそれにインフレクローズが付いています。毎年政府が発表するインフレ係数にリンクしてゆく契約条件になっているので今後の変動が気になるところですね。
こちらでは当然ながら新聞を配達してくれる事はありません。駅の近く迄買いに行く必要があります。寝起きに朝刊を読むという楽しさを奪われた事はこちらでの生活の最大の不満と言えましょう。しかし新聞を読んでも日本に関する記事に巡り合う事はほとんど皆無です。先日のワールドカップの期間には日本チームの事やYOKOHAMA, OMIYAといった地名を眼にする事も有りましたが、それも終わってしまうとほとんど無し。欧州人が日本の事を知らない・関心を持っていないという事の現われでもあり又結果でもあるようです。たしかに遠く離れた日本国内の事に興味を持って貰う事は難しいでしょう。スポーツや文化の各面で日本人が欧州や世界の各地で活躍をしてくれる事がこの距離を縮める為の第一歩なのかもしれません。そういう意味では小澤征爾がウィーンに来たり、サッカーの若い選手が欧州のチームに参加してくれる事は大歓迎であります。
私達の今後の過ごし方については何も決めては居ないのですが、二人とも此処での生活が大変気に入っているので当分此処で過ごそうかと考えています。孝江はすでに今年の12月と来年の7月とにベルリンでの展覧会に参加する予定ですし、征二も好きな音楽関係でいろいろな可能性を模索しています。いずれにしても今年はポルトガル国内で言葉を始めとして生活に適応する努力をする必要がありますが、出来れば来年からは欧州の他の国へも出て行きながら生活の場を広げてゆきたいと考えています。
私達の場合とても順調にこちらでの生活を始めることが出来ました。非常に運の良い例外的な事ではないかとさえ思われます。その理由の一つは私たちと丁度同じ条件同じ考え方を持って一年前に日本から転居して生活を始めた先輩がいらっしゃって、親切なガイダンスと応援をして下さった事があります。又もう一つは世話になったポルトガル人の不動産屋さんと家主さんがこれまた大変に親切で、アパートとは無関係のいろいろな手続きの事まで応援して頂き、慣れない間にこなさねばならぬ難しい手続きに手を焼かずに済んだ事があげられます。今後は生活の範囲も拡がってゆくので当然いやな目に会う事もあるのでしょうが、今までのところは本当に親切な気持ちの通い合う人達に囲まれて楽しい毎日を送る事ができています。ポルトガル大好き人間が此処にまた二人誕生しつつある事をお伝えして第一便は終わらせて頂きます。 (征二)2002年7月