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ポルトガル短信・その7 白鳥は真夏の青空に歌う 2013年8月

 デンマークに有る古くからの言い伝えに「白鳥は死ぬ前に一回だけ歌う」という言葉が有るそうです。たしかに優雅に池の上を滑るように進む白鳥も、その鳴き声を聞いた覚えは私にはありません。


 楽譜の出版を手掛けていたハスリンガーは、シューベルトの遺稿を整理するにあたり、彼が亡くなる年に作曲した歌曲をまとめ、この言い伝えに基づいて「白鳥の歌」というタイトルの歌曲集にして出版しました。フランツ・シューベルトは1828年の11月19日に亡くなったのですが、その年の8月にレルシュタープの詩による作品を7曲・ハイネの詩による作品を6曲作り、更に10月にザイドルの詩による作品「鳩の便り」を書き、これが一番最後の作品になったと言われています。


 一昨年(2011年)の夏に、私はアルガルベにあるこの同じ家で「冬の旅」を毎日のように歌い、ポルトガル便りに「真夏に冬の旅」という一文を書きました。その後、幸いな事に、昨年の10月に小さなコンサートを開く事が出来ました。そのリサイタルで、聞いて頂いた方々から私は大変な感動と勇気を頂き、“友人・仲間とは有難いものだ”とつくづく感じた次第です。「あいつがどんな歌を歌うのか聞いてみよう」と集まって下さった方で場内は一杯でした。中には「自分が歌うみたいに胸がどきどきした」と仰る方もいらっしゃいました。そして歌が始まる前に場内がシーンとなったのです。私は音楽が好きなので音楽会場にはよく足を運びますが、こんなに素晴らしい雰囲気の音楽会はそうそう有るものではなく、その中で歌える幸福に浸り、本当に感激しました。


ウオルターさんの家で

 この経験でコンサートの虜になり、実は次のリサイタルを計画しています。それがシューベルトの遺作集である「白鳥の歌」です。シューベルトの最後の作品であるこの曲集は、地味ではありますが深い音楽性に満ち、練習が進むにつれ噛めば噛むほど味が出てくる曲ばかりです。しかし、同時に今の私の歌唱力ではとても歌にならない難しい曲が沢山あります。私の実力を良く知る友人達は「あまり無理をしない方が良いですよ」と、年よりの冷や水になる事を戒めてくれます。まだ一年以上先の事なので、“なんとか物にしてみせるぞ”と意気込んではいるのですが、さあどうなる事でしょう。例のウォルターさんが応援してくれるので、ドイツ語の発音はそこそこだと思うのですが、声の持つ説得力がシューベルトの曲が持つ品格にとても及びません。

 来年の秋にお誘いが出せるようであれば良し、お誘いがゆかなければ、矢張り実現しなかったという事です。けれど日本の我が家とは異なり、広く響きの良いサロンを持つこのポルトガルの家で、毎日練習を繰り返しシューベルトを身近に感じられるだけでも本当に幸福というものです。

                                                 【 征 二 】2013年8月
 
           
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